平素は真面目に過ごしているが、ふとした時に少しおどけてみたりして、愛嬌を感じさせてくれる人がいる。
自然に気を抜かせてくれるそうした人に、いつの間にか愛情が湧いていることに気づくことはないだろうか?
人は、完璧すぎる人間に惹かれることは少ない。
それは、完璧主義者が自分を優しく受け入れてくれるか否かがわからず、こちらから気軽に歩みよることが難しいと感じさせる
からではないだろうか。人は自分を否定されることに恐れを感じるのだから。
改めて考えてみたい。
本当に余裕のある者とは、“あえて”他の者が気を許してくれるような“隙”を作ってくれる者ではないだろうか。わざとおどけてみたり、
冗談を交えて自分を下げて見せたり、と。男性としての色っぽさを感じさせる人には、そうした余裕から生まれる“隙”を感じさせる人が多いように思う。
人としての魅力が、愛情を感じさせる要素なのかもしれない。
内羽根ストレートチップは、“紳士靴の黄金比率”と呼ばれることのあるデザイン。ビジネス・フォーマルと問題なく用いることのできるこの万能な靴は、
ある意味、完成されたデザインと言える。
だが、この靴にはあえて履き手の余裕を感じさせるような意匠を施してみた。
トウを横切る一文字には、ブローギングを施すと共に、2本のステッチを施している。スマートなステッチラインの中に均一に施している小さな穴飾りが
繊細な美しさを放つ。一般的に、2枚の革を重ね合わせて縫い合わせた存在感の強い一文字を良く見かけるが、このトウのラインはよく見てみると
“イミテーションブローギング”であることが分かる。
これは、決してただ軽やかに見せたいために施したわけではない。それなら単純に装飾を少なくすればいい。
このイミテーションブローグは、一枚革の上に施している。一枚革の上に美しいブローギングやステッチを施すには、木型に釣り込む時に革が引き
伸ばされることを計算して施す必要がある。そのため、緻密に計算して意匠を施す、確かな職人の技術を必要とする。
目に入った時には、繊細な美しさに目を奪われ、よく見てみると軽やかな印象を与えてくれる。難しい意匠を施しているにも関わらず、どこか
ほっとさせてくれるような“隙”。万能な役割を果たすデザインの中にも、ふと心を休める部分がある。そうした気を許せる友人のような存在と
共に過ごすのも、悪くはない。
この靴のバーガンディ、ダークオリーブはナチュラルカラーの革を使って作られ、靴の形になった後で色づけされている。この色づけ方法によって、
元々染色されている革にはない透明感と、自然なムラ感が表現できる。
ナチュラルカラーの革は最もシビアな検閲を通った最上級の革しか使用できない。なぜなら、濃い色で染色していない分、革に元々あった血管の跡
(血筋)や傷などの粗が目立つからだ。最上級の革を贅沢に使うことで初めて可能な仕上げである。
そしてその色づけは、手によって施される。
革の状態で染めあげた革は、確かにムラがなく均一に染められ美しい。けれどもあえて手の仕事を一工程加えてまで手染めにこだわるのには理由がある。
ナチュラルカラーの靴にオイルを何層にも重ねていくことで、均一に染められた革にはない立体感のある色彩が表れる。同じものが一つとしてない
色彩は、靴というプロダクトの意味をただの履き物ではなく一種の芸術品の域にまで高める。そして革の状態で色づけするのではなく、木型に
釣り込み靴の形となった状態で手染めしていくのにも意味がある。
ムラは決してランダムに表れているのではなく、流れるように美しい方向性を持ったものとして革の表面に表れる。水彩画の色の中に筆の跡が
感じられるように、手染めによって色づけされた靴の表面にはその流れるような仕事の跡がはっきりと残る。
靴が成形されてから色をのせていくという順序でなくてはいけないのは、その流れるようなムラ感の美しさにこだわるためだ。靴のアッパー
(甲の部分)に用いられる革は、木型にあわせて釣り込む(靴の形に成形する)工程で強くひっぱられ伸ばされる。
その伸び方は場所によって様々だ。つまり、平面の状態でいくら美しい流線のムラ感を表現しても、靴の形となった時にその美しさがそのまま
保たれる可能性は皆無だ。
だからこそ、“靴が成形されてから色づけをする”という順番でなくてはならない。この靴の美しさを表現するためならば、その工程にどれ程
こだわっても、こだわりすぎということはない。
鹿鳴館の時代、“靴師”と名乗った日本人がいた。
名は大塚岩次郎―
明治維新という既存の価値観の崩壊に遭遇し、西洋文化を
ただ表面的に受け入れていく時代の中で、「日本人のための
靴を」という信念を以って和魂洋才― “日本人としての精神を
堅持しつつ、西洋の学問・知識を受け入れること” を実践した。
明治25年には万国博覧会にて金牌を受賞 ―
創業からわずか20年で世界の一流シューメーカーに肩を並べ、
世界博覧会での金牌受賞といった形で証明
されたその技術は、粛々と後世の職人に伝承されてきた。
時は流れ、創業から140年経った今、一つの自負がある。
革靴の起源は確かに欧州にある。しかし、履き良さにこだわり、
“日本人のため”を求め、日本人の足型を見つめ続けてきた
歴史は他の追随を許さない。
大塚製靴の果たすべき使命、それは培われてきた技術と伝統、
そして、“日本人のための”一足を後世まで伝え続けること。
伝統とは単に古いということではない。
―OTSUKA M-5 Online はその証明である。
“Dress Composures”の確かな作りを基盤に、熟練職人の技術を駆使した意匠を組み入れた“Contemporary Dress”。
『美しく装うこと』。これは、ある意味、生物としての本能と言えるかもしれない。
職人の手によって染め上げられ独特のムラ感を演出する「シャドーアンティーク仕上げ」、平面から完成形を完全に描き出すことで初めて可能になる「ホールカット」と「イミテーションブローグ」。靴の中で最もパーツ数が多く複雑なデザイン「フルブローグ」、美しい曲面へのこだわりが生んだ「クリンピング」。長年の技術の研鑚により生み出されるのは他とは違う“一歩”先んずる一足。
他者とは異なる自己を表現するために・・・、技術にはそうした側面もあるのかもしれない。
人の美への挑戦の産物、それが “Contemporary Dress” である。
発想に限界はない。人が美しさを求める限り、新しい技術と言うのは生まれ続けるのである。
この靴の色はナチュラルカラーの革を使って作られ、靴の形になった後で色づけされている。この色づけ方法によって、元々染色されている革にはない透明感と、自然なムラ感が表現できる。
ナチュラルカラーの革は最もシビアな検閲を通った最上級の革しか使用できない。なぜなら、濃い色で染色していない分、革の元々あった血管の跡(血筋)た傷などの粗が目立つからだ。最上級の革を贅沢に使うことで初めて可能な仕上げである。 そしてその色づけは、手によって施される。
革の状態で染めあげた革は、確かにムラがなく均一に染められ美しい。けれどもあえて手の仕事を一工程加えてまで手染めにこだわるのには理由がある。
ナチュラルカラーの靴にオイルを何層にも重ねていくことで、均一に染められた革にはない立体感のある色彩が表れる。同じものが一つとしてない色彩は、靴というプロダクトの意味を、ただの履き物ではなく一種の芸術品の域にまで高める。
そして革の状態で色づけするのではなく、木型に釣り込み靴の形となった状態で手染めしていくのにも意味がある。ムラは決してランダムに表れているのではなく、流れるように美しい方向性を持ったものとして革の表面に表れる。水彩画の色の中に筆の跡が感じられるように、手染めによって色づけされた靴の表面にはその流れるような仕事の跡がはっきりと残る。 靴が成形されてから色をのせていくという順序でなくてはいけないのは、その流れるようなムラ感の美しさにこだわるためだ。靴のアッパー(甲の部分)に用いられる革は、木型にあわせて釣り込む(靴の形に成形する)工程で強くひっぱられ伸ばされる。その伸び方は場所によって様々だ。
つまり、平面の状態でいくら美しい流線のムラ感を表現しても、靴の形となった時にその美しさがそのまま保たれる可能性は皆無だ。だからこそ、“靴が成形されてから色づけをする”という順番でなくてはならない。この靴の美しさを表現するためならば、その工程にどれ程こだわっても、こだわりすぎということはない。
内羽根のストレートチップは、“紳士靴の黄金比率”と呼ばれることもあるデザイン。“礼を失することの無い靴”として、ビジネスシーンに、万能な役割を果たす。
トウの一文字のステッチに沿って施してあるパーフォレーション(飾り穴)。細やかなステッチ、均一に施された小さな穴飾りが、爪先部にアクセントをつけるとともに、繊細な美しさを放つ。
ブローギングを施したトウキャップは、一般的には2枚の革を縫い合わせたものが多く見られる。しかしながら、このパーフォレーションは一枚革の上にステッチと穴飾りを施した“イミテーションブローギング”である。
一枚革の上にステッチを施すには、釣り込み後の革の伸びを考える必要があるため、緻密に計算したステッチワークが必要になる。確かな技術があって初めて実現する“隙”である。 だし縫いのピッチは、3センチの中に約12針。
英国の著名なグッドイヤーウェルト製法の靴を見ても、既成靴としてこれ以上の細かい縫い目を実現している靴はまずない。だし縫いで最も難しいとされる爪先のカーブに沿う部分の縫い目においても等間隔に保たれている。ピッチを細くすればするほど、またカーブの半径が小さくなり曲がり方が急になればなるほど、曲線でもミシン運びは困難になる。確かな技術のみが可能にする仕上げである。
コバは、角ばった角を削り丸みを出す面取りと呼ばれる仕上げを行い、その上に目付け(エッジの溝)を施した。このだし縫いから始まる詳細な仕上げが、靴全体が持つシルエットの美しさを、先端まで完璧に作り上げている。
大塚製靴の靴の最大の特徴は、半二重と呼ばれるステッチが施されている点だ。踵部分にステッチを二重に施し補強することで、履き口の傷みを最小限に抑えている。
さらに、このステッチは縫割(ライニングの縫い合わせ部分)まで伸びており、ほつれを防ぐ役割も負っている。欧米人と異なり、靴を着脱することの多い日本人にとって、履き口が強固であることは何よりも重視されてきた。明治時代より大塚製靴が信念としてきた“日本人のための靴作り”の表れでもある。 ソールの周囲には、焼き鏝(こて)によって化粧が施されている。本底は靴端に切れ目を入れて溝を起こし、その開かれた部分の中に底縫いの糸を通す。
縫い終わると、起こした革を再び被せて通した縫い目を隠す。
こうして底全体が縫い目を見せることなく、元のままの滑らかな流れを残すことが出来る。ヒドゥン・チャネルと呼ばれる意匠である。
これは底面を美しく見せるための手法であるが、この靴ではさらに焼き鏝で化粧を施すことによって、溝を起こしたわずかな跡さえも目立たないように創意がなされている。
■Last(靴型):B-815 ■Width(足幅):EE ■製法:グッドイヤーウェルト製法 ■素材 甲革:カーフレザー 腰裏ライニング:牛タンニンヌメ ■口周り:切放玉縁 ■コバ仕上げ:平コバ ■ウェルト面仕上げ:面取り目付け ■シャンク:布巻きスチールシャンク ■中物:板コルク(刃入り) |